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最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)3179号 判決 1965年7月14日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人谷川八郎、同川合常彰、同松本重夫、同本林譲、同柳川昌勝の上告趣意第一について。

所論は、旧薬事法(昭和三五年法律第一四五号による改正前の昭和二三年法律第一九七号)二九条一項の合憲性に関する原判示が、憲法二二条一項の解釈を誤っている旨を主張する。

しかし、憲法二二条一項は、公共の福祉に反しない限りにおいて、職業選択の自由を認めているものであることは同条項の明示するところである。ところで、旧薬事法二九条一項は、医薬品の販売業を営もうとする者に対し、販売の対象が、同法二条四項にいわゆる医薬品に該当する限り、法定の登録を受くべきことを義務づけているものであることは、その規定自体に照らして明らかである。そして、同法がかような登録制度をとっているのは、販売される医薬品そのものがたとえ普通には人の健康に有益無害なものであるとしても、もしその販売業を自由に放任するならば、これにより、時として、それが非衛生的条件の下で保管されて変質変敗をきたすことなきを保しがたく、またその用法等の指導につき必要な知識経験を欠く者により販売されこれがため一般需要者をしてその使用を誤らせるなど、公衆に対する保健衛生上有害な結果を招来するおそれがあるからである。このゆえに、同法は医薬品の製造業についてばかりでなく、その販売業についても画一的に登録制を設け、同法二条四項にいわゆる医薬品に該当する限りその販売について、一定の基準に相当する知識経験を有し、衛生的な設備と施設をそなえている者だけに登録を受けさせる建前をとり、もって一般公衆に対する保健衛生上有害な結果の発生を未然に防止しようと配慮しているのであって、右登録制は、ひっきょう公共の福祉を確保するための制度にほかならない。されば、旧薬事法二九条一項は、憲法二二条一項に違反するものではなく、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、論旨は理由がない。

つぎに、所論は判例違反をいうが、引用の判例は、適用法規を異にする事案であって、本件に適切でない。それゆえ、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

同第二について。

所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、同四〇五条の上告理由に当らない。(なお、本件物質が旧薬事法二条四項にいわゆる医薬品に該当するとした原判決の判断は正当である。)

被告人加藤弥三郎の上告趣意第一点について。

所論は、違憲をいうけれども、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

同第二点について。

所論は、旧薬事法二九条一項の合憲性につき判示した原判決は、憲法二二条一項の解釈を誤っている旨主張するけれども、その理由のないことは、前記弁護人谷川八郎らの上告趣意第一に対し、説示したとおりである。

所論は、また原判決が憲法二五条に違反する旨主張するが、旧薬事法二九条一項による医薬品の販売業に対する登録制は、公共の福祉を確保するための制度であることは、すでに説示したとおりである。したがって、同条項は、まさに憲法二五条の要請に適合こそすれ、なんらこれに反するものではなく、旧薬事法の前記法条に違反した被告人の本件所為に対する処罰を是認した原判決には、なんら右憲法の規定に反する点はなく、所論は理由がない。

なお、所論中原判決の憲法二三条違反をいう点は、原判決が、所論学問研究の自由に対しなんら影響を及ぼすものとは認められず、また、原判決の判例違反をいう点は、引用の判例は、いずれも事案を異にし本件には適切でなく、所論はいずれも前提を欠くものであって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

その余の論旨は、事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同四〇五条の上告理由に当らない。

また、記録を調べても、各所論の点につき、同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

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